麻辣湯(マーラータン)の由来と歴史|四川・長江のほとりで生まれたといわれる理由
麻辣湯は、四川の長江沿いで、船頭や人足が手軽な食べ方として始めたといわれています。ただし年代や根拠ははっきりしません。由来の説と、日本に広まるまでの流れ、「湯」と「燙」の表記の違いを整理します。

麻辣湯(マーラータン)は、どこで、どのように生まれた料理なのでしょうか。この記事では、由来についての説と、日本に広まるまでの流れを整理します。
この記事の情報について 由来には、確かな史料が見つかっていない部分が多くあります。ここで紹介するのは、中国の記事で書かれている説です。「そう言われている」という紹介であり、史実だと断定するものではありません。確認日は2026年11月7日です。
由来の説
中国の記事(2020年10月10日掲載。江西網絡広播電視台の記事を、中国日報網が転載したもの)には、次のように書かれています。
- 麻辣燙は、長江のほとりの四川に起源がある
- 最初は、**船頭と、舟を引く人足(纤夫)**が、手軽で独特な食べ方として生み出した
つまり、「長江沿いで働く人たちが、手近な食材を辛く煮て食べたのが始まり」という説です。体を温めて、おなかを満たす食べ方だった、と語られることが多くあります。
ただし、この記事には、年代や、根拠となる文献は書かれていません。「いつ頃から」を示す記述はなく、伝承として紹介されているのか、史実として書かれているのかも、はっきりしません。そのため、「由来はこう言われている」までを、ここでの結論にします。
麻辣湯から派生した料理
同じ記事は、正統な麻辣燙が時間とともに薄れ、**冒菜(マオツァイ)や串串香(チュアンチュアンシャン)**といった新しい食べ方が派生した、と説明しています。どれも、具材を辛いスープで食べる系統の料理です。
麻辣湯と火鍋の違いは「麻辣湯と火鍋・麻辣香鍋の違いとは?」で整理しています。
日本に広まるまで
日本の専門店についての、確認できた情報です。
- 2007年:七宝麻辣湯が、東京・渋谷で創業(プレスリリースによる)
- 2018年末:楊國福麻辣燙が、池袋に日本1号店を開店(2021年の報道による)
- 2025年:36Kr Japan の記事は、Z世代を中心にブームになっていて、七宝や楊國福が地方都市にも出店していると伝えています
その後の店舗数の変化は、変わりやすいので書いていません。くわしくは、「日本の麻辣湯チェーンを比べる」と「日本の麻辣湯ブームを整理する」にまとめています。
「麻辣湯」と「麻辣燙」の違い
日本のお店では、2つの表記が使われています。
| 表記 | 例 |
|---|---|
| 麻辣湯 | 七宝麻辣湯、張亮麻辣湯(表記は店舗やメディアで揺れています) |
| 麻辣燙 | 楊國福麻辣燙、張亮麻辣燙 |
「湯」はスープ、「燙」は熱いものにくぐらせる、という意味の字です。どちらも同じ料理を指して使われています。このブログでは、読みやすさのため、一般的な呼び方として「麻辣湯」と書いています。
